薬指の秘密はふたりきりで
亮介と話をして、モデルを引き受けることを決めた数日後。
お昼休憩中に、紗也香が不思議そうに訊ねてきた。
「先輩、最近室内でもずっと手袋なんかしてますけど、寒いんですか?」
「違うの。これは、手を傷つけないためにしてるの」
私の手には今、白い手袋がはめられている。
先日、冴美と一緒に、会場側の人と撮影スタッフに会って手を見せたら、『是非』と、本契約になったのだ。
撮影するまでは、“手荒れ”“擦り傷”“ささくれ”など、手の美しさを損なうものは全部厳禁。
水性ペンがつくのもダメ、ゴシゴシ洗うから肌を痛めてしまう。
爪が欠けてもダメだから、日常生活にとても気を使う。すっきりまっすぐな指を保つため、プロの手タレさんはお箸より重いものを持たない人もいる程だ。
常に手袋をして洗い物はゴム手必須、料理はゴム手や手袋を駆使してするらしい。
依頼者は冴美限定の私は、普段はそれほど気遣っていない。けれどいざ撮影が決まれば、こうして、手を輝かせるために最大限の努力をするのだ。
「素人なりの努力なのよ。私なんて期間限定だけれど、職業にしてるモデルさんはね――」
プロの手タレさんのエピソードを話して聞かせると、紗也香は顔を歪ませた。
「うわあ、大変なんですね。憧れますけど、普通の手で良かったかも。超不便じゃないですか」
そう言って、自分の手をしみじみと見ている。
そう。確かに、不便で大変なのだ。
今日も帰ったらすぐに手を洗って、自家製ハンドクリーム液に浸す。
で、そのあと風呂あがりにはいつものハンドケアをして、手袋をして眠るのだ。