薬指の秘密はふたりきりで
「よろしく。田代です」
「はじめまして、佐倉です」
「可愛い人が花嫁で良かった。佐倉さんも、オレが相手で良かったでしょ?」
そう言って田代さんはおどけたように笑う。だから、私もつられて笑ってしまった。
年下みたいだけれど、緊張気味の私の気持をほぐしてくれてるのだろう、いろいろ話し掛けてくれて、とても場慣れしてる感じが伝わってくる。
私みたいな付け焼き刃ではなく、プロなのだ。
不安もあったけれど、田代さんとなら上手く撮れそうな気がした。
「よろしくお願いします」
二人がいるセット以外全ての照明が落とされる。
私は深呼吸をして、雑念を払った。今は、撮影に集中だ。
カメラマンの合図で、田代さんが私の手を支えて、結婚指輪を薬指の第1関節のあたりまでゆっくり入れていく。
その間ずっと、高速のシャッター音が鳴りつづける。
それを、互いの手の位置とか角度などのポーズを微妙に変えながら何回も繰り返す。
10回ほど繰り返して少し疲れを感じてきた頃、田代さんがこっそり聞いてきた。
「今日は、奥まで入れるのは、NG?あ、待って。今誤解した?変な意味じゃないよ」
「は?」
一瞬意味がわからなかった。でも、すぐに理解できて言葉を失う。こんな時にそんな風に思わないのに、何てことを言うのだろう。
けれど、心底失敗したと思ってるようで、慌てて訂正に訂正を重ねる田代さんの言い方が可笑しくて、笑ってはいけないのに耐えきれなくなる。
「はい。絶対、ダメです」
クスクス笑いながら内緒の声で返せば、田代さんも、俺って最低だなって、クックックと笑った。