絆の軌跡
食後、アーサー先生の提案で食器の返却がてらに、先生が教える魔法薬学の教室を見学するとこになった。
制服を着ているお陰で自分も最初より堂々と歩けるようになり、緊張とは別のどきどきがする。
コツコツとブーツをならしながらバスケットを抱えて歩く。
「楽しそうだな」
私の先程との違いを見てか、隣を歩く先生が言う。
「なんか、これだけ人間がいると同じ服を着ているだけで目立たなくなるものなんですね。」
「まぁな。みんなが生徒全員の顔覚えているわけないからな」
実際、「見たことない顔ね」とか「誰だお前」とか、話し掛けられたりもしなかった。
「なんで先生達とはちゃんと話せるのに生徒にはビビってんだよ」
「なんででしょう…やっぱり同じ世代の人との交流が無かったからでしょうか?」
バスケットを返却口に置いてスライドドアを閉める。
「ま、困ったら俺の事頼れよ」
ニッと笑う先生に笑顔を返す。
前から気になっていたのだが、笑顔を作ろうとすると頬がヒクつく。
ルージュさんやイマナさんみたいな笑顔が自分も欲しい。
「あ、じゃあ私笑顔出来てますか?」
「ん?」
「あ、いや…ちゃんと笑えてるかなぁ…って」
「あぁ…もっとこうさ、ニーって」
「ふぁっ…」
頬をむにっと摘まんで引っ張る。
口角を上げればいいということか。
ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべる先生は、いつかイタズラして両親から隠れた時に見た、水溜まりに映る自分の表情に似ていた。
「わ、わかっひゃのれ…」
「あーいけませんねぇ、生徒を苛めるなんて…ねぇ、せ・ん・せ?」
「なっ!苛めてねぇーよっ」
顔からすぐ手を離すと、声の主を睨み付ける。
睨まれた人は特に動じる事もなく、涼しげな笑みを浮かべている。
さらさらした黒髪で切れ長の眼。
整った顔立ち、美形というやつだ。
「じゃあ生徒とイチャイチャですか?イヤらしいですねぇ」
「いちゃっ!?」
「そう言えば貴女、見慣れない顔ですね…あぁ、シーファ・レイヴェンですか」
ぶつぶつと何かを言い続けるアーサー先生をよそに、黒いスーツを着こなした人は私の手をとって唇を軽く当てた。
「私はクロエ・ネオトランス。魔法学担当でこれと同じ研修生です。どうぞお見知りおきを…」
「あ、はい…」
紳士な挨拶で返しに困る。
取り敢えず名前と「よろしくお願いします」と言って頭を下げた。
握られた手はいつの間にか握手に変わっている。
「きたねぇことすんなっ!」
ぺしっとクロエ先生の手を払い、睨むアーサー先生。
どうやら仲がよろしくないようだ。
優雅に微笑むクロエ先生には猫が、
キッと睨むアーサー先生には犬が重なって見える。
「暴力は良くないですね…しかも女性の頬を摘まむなんて…言語道断です」
「うるせーな。行くぞっ!」
「えっ」
オーバーなリアクションで溜め息をついたクロエ先生に怒ったのか、アーサー先生は私の手を引いてずかずかと歩いていく。
「あ、逃げた」という声が遠くから聞こえた。