絆の軌跡
無言で歩き続けてついたのは地下室。
ランプの灯りがないと真っ暗で薄ら寒いこの部屋は、魔法薬の材料を保存するためにはうってつけの場所らしい。
それだけ説明するとアーサー先生はプリプリしたまま、話し掛けても返事をしてくれなくなってしまった。
薬品棚の中の珍しい物を見ながら、居心地のあまりよくない空気に冷や汗が吹き出る。
しばらくそうしていると、地下室のドアがガチャリと開いた。
「おやアーサー君、帰っていたのか」
入ってきたのは白髪で背の低いおじいさん。
白衣を半ば引きずりながらアーサー先生の顔を覗き込む。
「どうしたんだい、アーサー君」
「いえ、別に…何でもないです」
明らかに何もない声色では無いが、白衣の先生は追及することはしなかった。
「新入生の迎えに行ったんだろう?あの子がその?」
「はい、シーファ・レイヴェンです。」
「そうか。シーファ・レイヴェン。
ワシは魔法薬学の教師、ナジだ。よろしく頼むよ」
「はいっ、よろしくお願いします」
「教室見学とは勉強熱心だね。
あぁそうそうアーサー君に頼みがあったんだ」
拳をポンと手のひらに打ち、準備室に姿を消すナジ先生。
何事かとアーサー先生と顔を見合わせる。
ほんの数分で戻ってきたナジ先生の手には、魔法薬を作るための大鍋があった。
「明日使う変色薬を作るの手伝って欲しいんだけど…良いかい?」
「あぁ、良いですよ」
「良かった、助かるよ。…君も見て行くと良い」
「良いんですか?」
頷くナジ先生。
こんな早くも体験授業が出来るなんて…思ってもみないチャンスだ。
教室の予備の教科書を借りて、ペラペラとページを捲る。
その間に先生二人が材料と大鍋を3つ揃えた。
「え、私も作って良いんですか?」
「うん、ちょっと難しいやつなんだけどね。せっかくだし」
「ありがとうございます!」
「でもね、全学年が使う物だから失敗しないように…なんてね」
冗談だよ、笑うものの全学年が使うと聞くと全く笑える状況ではない。
気を引き締めて、深呼吸する。
「そんなに構えなくてもたまに6年生に手伝ってもらうような物だから。
まぁ成功率は6年生でも五分五分くらい…いや、もっと低いか」
結構な低さじゃないか。
「先生、時間ないっすよ」
「あぁ、すまないね。じゃあシーファさん、教科書625ページを」
「はいっ」
分厚い教科書の後ろの方に変色薬のレシピが書かれていた。
「うん、まずは精水10リットルを火にかけるよ。
シーファさん、変色薬はどんなものか読んでみて」
「はい。『変色薬は魔法薬の出来を検査するための試験薬』です。」
「ありがとう。
じゃあ、アーサー君。変色薬の作り方をレクチャーして。ワシもその通りに作るから」
「はい。」
緊張した面持ちで頷いたアーサー先生は、天秤でアジサイの粉末を計るように言った。