イジワルな先輩との甘い事情
重たい雲が空を覆っていた土曜日の午後。先輩のマンション前に立ちこちらを見る古川さんに気付いた。
軽く会釈して通りすぎようとすると、『柴崎さん』と呼び止められたけど、それほど驚きはしなかった。
二週間前の日曜日の事を先輩から聞いていただけに、もしかしたら私を待ち伏せしてたのかなとは思っていたから。
先輩と安藤さんの話だと、古川さんはそれまでも先輩のマンション周りをウロウロしていたらしいし、私の事に気付いてる可能性が高いってふたりとも言っていたから、私に何か言いにくるかもしれないとは思っていた。
だから、少し緊張しながらも、落ち着いた口調を心がけて『なんですか?』と聞くと。
古川さんは、ふんと鼻で私を笑った。
『知らなかったけど、柴崎さんって専務の娘だったんですってね』
『……だったらなんですか?』
『だったら私が断られても仕方ないって分かってスッキリしたってだけ』
清々した、とでも言いたそうな顔で笑う古川さんを眉をしかめながら見つめていると、気に入らなそうに『なによ』と聞かれたから、ゆっくりと答えた。
『古川さんは……古川常務の立場が私の父よりも下だから先輩に選ばれなかったって、そう思ってるんですか?』
人の出入りがなく、時たま吹く風が木を揺らす音しか聞こえない、静かなマンション前。
『だったらなによ』と、数十秒前に私が言った言葉と同じニュアンスの言葉をわざとなのか口にした古川さんを眉をひそめて見つめた。