イジワルな先輩との甘い事情



後ろ姿からでも上機嫌だっていうのが分かる古川さんを、園ちゃんと松田と一緒につける事、二十分。
先輩のマンションが視界に入ってきた時から、もうなんとなく分かってはいたけど……古川さんが向かっていたのは、予想通り、先輩のマンションで。
ドクン……と、胸が大きく不穏な音を立てた。
それと同時に身体中が内側から凍りつく感覚に陥り、動けなくなる。

エントランスに入っていく後ろ姿を見つめたまま、何も考える事のできなくなった私を、園ちゃんと松田が見る。
心配そうなふたりの視線には視界の隅で気づいてたのに……笑顔を取り繕う事もできなかった。

先輩は、私の片想いに付き合ってくれているだけだ。
だから、先輩が私と会わない日に誰とどう過ごそうが、先輩の自由で。
私だってそれは分かってたハズなのに……目の前でその光景を見るのと想像するのとでは、必要な覚悟の大きさが全然違っていて、用意していた覚悟じゃ、ショックを受け止めるのが追いつかない。

弾かれた衝撃がそこら中に飛び散って、身体の中を切り裂いていくようだった。

ただ黙って呆然とするしかできないでいる私に、ふたりが困ってる。

何か、言わなきゃ。
何か言って……ふたりを解放してあげなくちゃダメだって思うのに。
ふたりを気遣うための言葉が何も出てこない。

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