イジワルな先輩との甘い事情
身体中が心臓になったんじゃないかってくらいに、私全部が震えていた。
呼吸までもが震えるから声がうまく出せない。
それでもなんとか「先輩……っ」と呼ぶと、優しい声で『ん?』と聞き返された。
『どうしたの?』
低く響きのいい声に、キュッと唇を噛みしめてから口を開いた。
緊張からか喉がカラカラする。
「今……先輩のマンションにいるんですけど、会ってお話できますか?」
『俺の? 部屋の前って事?』
「いえ、エントランスです」
答えてから少しの間を空けた後、先輩が言う。
『悪いけど、ちょっと都合が悪いから……話ならまた今度聞くよ』
「でも……あのっ、大事な話で……」
『ごめん。ちゃんと後で聞くから』
優しい口調だけど、先輩が困っているのが分かって……「そうですか」と静かに言う。
先輩を困らせてまで、無理言ってまでする話ではないから。
考えてみれば、今の関係だって私がお願いしてわがまま言ってそうしてもらってたんだから。
最後まで先輩を困らせるのは……嫌だった。
『ごめん。また連絡するから。帰り、気を付けて』
「……先輩」
『ん?』
最後まで優しい先輩に「今まで、ありがとうございました。もう、来ません」と告げて、電話を切って鞄に入れた。