イジワルな先輩との甘い事情
松田が、先輩の気持ちを確かめようとしてわざと挑発してくれているのはすぐに分かった。
でも……先輩は最初から私の事なんて想ってくれてない。
だから、先輩がどう答えるかなんて、その答えなんて、先輩の口から聞きたくなかった。
見つめる先で、先輩の唇が動くのをスローモーションみたいにゆっくり見た。
「花奈が嫌がらないならね」
そう答えた先輩が、続ける。
涙は止まらずに頬を伝い落ちていて、松田のおかげで戻りかけていた気がまた少し遠くなる。
「松田くんだっけ。松田くんはさ、絶対に裏切らない従順なペットが欲しいだけでしょ。
過去に裏切られてトラウマを抱えてるって話だけど、君を慰める道具に花奈を利用するのはやめて欲しい」
「行くよ、花奈」って言われて腕を引かれて……なんで連れて行かれるんだろうと不思議には思ったけど、声にはできなかった。
抵抗する気力もなく、ぼんやりとしたまま歩かされる。
連れられるまま、エレベーターに乗って506号室の前まで行く。
先輩が鍵を開けている間、ぼーっとその横顔を眺めて、なんで先輩はあそこにいたんだろうと思う。
出かけるところだったのかな。
あれ、でも古川さんがいるハズなんじゃ……。
「花奈、入って」
それまで全然働いてなかった頭が、急に動き出したせいか、クラッと目の前が揺れた。