「そっか」


それだけ言うと、どかっとソファに深く座り込んで
昼食のお弁当をパクパク食べ出す。


ご飯を食べる先生とお茶を飲むあたし。
沈黙の中、それが苦痛じゃなくて
癒しになったのはいつだったっけ?

違和感なく隣に座る先生を、横目で覗き見る。

少しクセのある髪の毛。
邪魔そうな長い前髪。
肌は適度に白く、突き出た喉仏、
顔の輪郭はしゅっとしてるし、
声だってなかなか渋くていい。

お箸を使う手はごつごつしてるのに、
綺麗な箸使いが目を引く。

腕捲りされた腕にはそれとなく筋肉も付いていた。


沈黙のなか、初めて先生をまじまじと見た。
この人は異性なんだ。
今まで"先生"としてしか見てなかったのに、
その時からあたしのなかで先生は"男"になった。


「どうした?」


そういってこっちを見た先生に、ドキっとした。

黙ったままのあたしを、不思議そうな顔で見る。

ドキっとさせられた仕返しに
余裕を持った態度で含み笑いをしながら
あたしは、自分の顎をトントンと叩いた。


「…ご飯つぶ」


感が鈍い先生の、意味を理解した顔が
意地悪な大人の顔になっていくのをあたしは見ていた。


「……取って」


ボソッと呟くような声が、脳に響く感じがする。

ああ、この大人はズルい大人だ。
その時あたしやっと気がついた。

そして、このズルい男は今あたしを求めている。


それが女子高生というブランドからくるものでも、
教師と生徒という背徳感からくるものでも、
どちらでもよかった。


この人はあたしを必要としてくれるだろうか。


躊躇いがちに指を伸ばして先生の顎に触れる。
男の目があたしの指先をそっと伝う。


「紺野真冬」


急に、名前を呼ばれて目線を合わす。

それは確かにあたしの名前だったはずなのに、
先生に呼ばれた瞬間色を付けた自分の名前には
どこか、心地のいい違和感があった。

間近で見た先生の目は色素の薄い綺麗な茶色。
近づいてくる顔を、あたしは拒否しなかった。

あっと言う間に口を塞がれて
思っていたよりも柔らかい感触に
冷静な頭でキスってこんなものか、と思った。


ふと、顔をあげると先生が顎をトントンしている。
そういえば先生の顔からはご飯つぶが消えていた。

自分の顎を触って見つかったご飯つぶを、
ふたりで見て笑った。



先生、あたしを愛さなくていい。
でも、心の底から必要だと叫んで
そして、あたしを肯定してよ。

      
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