この地に天使が舞い降りた-ANGEL-
カンナと琥珀と天使
1
桜岡市立桜岡高校。
今日から立花薫(たちばなかおる)が通うその学校は、可愛らしい名前をしていながらも随分な不良校だった。
見た目なんざ究極に悪い。
元々は真っ白だったであろう壁は、カラフルなスプレーで書かれた落書きにまみれ、一種の芸術となっている。
所々に『カンナ』『琥珀』『AZUMI』ーーそんな言葉が書かれているが、それが何を意味しているのか、薫にはわからない。
「……クソみてーだな」
薫は呟いた。
元々は隣県の隣県のそのまた隣県の私立のイイトコに(見栄張って)通う予定だった。
が、唯一の親・父の急な転勤。
貧しいのに見栄っ張りすぎた父だった。そんな父が『引っ越すトコの近くにはこの学校しかないんだ』と涙を交えて桜岡高校の写真をネットで見せた時は、まあ天地がひっくり返ると思うほど驚いた。
成績も運動もかなり良く中学の三年間オール5を守った薫にとって、入れない高校はない。
私立に通うのは本人の意思ではなかった。正直、薫としては進学できればどこでも良かった。
そんなこんなで真新しいブレザーに身を包んだ薫は、早速注目を浴びていた。
「え、ねえねえ、ほんとに男の子?」
初対面でそんな失礼な言葉を言う女子も現れるほど、薫の容姿は可愛かった。
「……俺のどこら辺が女に見えるっつーんだよ」
そんな女子を適当にあしらい、クラス表を見て、1年C組の教室の前に立った薫はそう呟く。
自覚はしているが、自覚したくない。
薫の顔は病気で亡くなった母の遺伝子をモロに受けていた。
教室に入るとまたもや受ける注目。
ひそひそと話しているがモロ聞こえる。聞こえた内容は『なんで女の子が男子の制服着てるの?』だった。
「(……クソが!)」
涙目になりながらも頭の中で悪態をついた。
* * *
「新入生にめっちゃ可愛いコいるんやって、聞いた? 優雅(ゆうが)」
隣で世間一般で言えば美人の雪(ゆき)が言う。
付き合いが長すぎてよく分からない。
「あ? ……知らねーよ」
「はぁ? んなこの言ってるからゲイと間違われるんやろ!? いちいち妄想に加えられる葉太(ようた)の気持ちも考えてみろやダアホ! めんどくさいヤツだな!」
「一番めんどくさいのはアンタのそのエセ関西弁よ」
高い声で叫んだ雪に、舞(まい)がきっぱりと言った。
明るい茶髪にベリーショートな雪とは対照的に舞は黒髪のストレートロングだ。
「アッハハ! マイ、容赦なさすぎ!」
その横でクロエ・デイビスが綺麗な金髪を揺らし笑った。
アメリカで生まれ育ったクロエは陽気で明るく、才女だが、日本語はまだカタコトだ。