落ちる恋あれば拾う恋だってある
「あっ……」
私は思わぬ人物に驚いて挨拶を返せなかった。入り口に立っていたのは営業推進部の横山さんだ。暗いフロアが一気に明るくなったように感じた。
「今日は丹羽の奥さんいるかな?」
尋ねながら横山さんはゆっくり近づいてきた。私との距離が縮まり緊張してしまう。
「あの……すみません……今日は丹羽さんお休みなんです」
丹羽さんは私と同じ総務部の先輩だ。横山さんと同じ営業推進部にご主人も勤務している。
「そっか……旦那の方の丹羽も今日は休みなんだよね。二人でデートしてるのかもね」
「そうですね」
横山さんが優しく笑って言うから、私も笑顔になった。
「じゃあこの申請書なんだけど、月曜で間に合うかな?」
横山さんは手に持っている数枚の紙を私に見せた。
「大丈夫ですよ。今月の締め切りは火曜ですから。丹羽さんに渡しておきますね」
「ありがとう」
私は横山さんから用紙を受け取った。
「じゃあお疲れ様」
「お疲れ様です」
横山さんは爽やかな笑顔でフロアを出ていった。
私はほっと小さく溜め息をついた。
横山さんと会話しちゃった……!
社内の花形部署である営業推進部のエースと呼ばれる横山さんは、端正な顔立ちと仕事に手を抜かない真面目さから上司や同僚、顧客からの信頼も厚い。そして誰にでも優しかった。横山さんを知らない社員はこの会社にはいない。
でも横山さんは私の名前すらきっと知らないんだろうな。会社内で私は『雑用係』と思われている。同じ営業推進部の丹羽さんの奥さんは知っていても、地味な私のことなど記憶には残らないだろうし。
横山さんに付き合っている彼女がいることは有名だけど、それでも女性社員からの人気は高かった。