落ちる恋あれば拾う恋だってある
「洋輔……さん……」
「よくできました」
洋輔さんは私の額にキスを落とす。
『椎名さん』と呼ぶのは他人行儀だからと『洋輔』と呼んでほしいらしい。けれどなかなか慣れない。
「洋輔さん……」
「何? 夏帆ちゃん」
「お肉焦げてます……」
「あーーー!!」
◇◇◇◇◇
アサカグリーン本社ビルの会議室でもうすぐ朝礼が行われる。幹部を含めた本社のほとんどの社員が会議室に集まっていた。
私の再就職には洋輔さんというコネを使った。たまたま退職者が出て後任を求人していたこともあり、上手く口添えをしたくれた。
洋輔さんが早峰の担当変更を申し出たタイミングから、私との関係はアサカグリーンのほとんどの社員が知っている。洋輔さん本人が「婚約してます」なんて言うものだから余計に注目されての入社となった。
婚約なんてした覚えがない。洋輔さんの性格だから冗談かもしれないけれど、私はそうなったら嬉しいな、なんて密かに本当の婚約者になる時を待っている。
仕事ができなければ洋輔さんに恥をかかせる。だから絶対に失敗できない。そのプレッシャーも今の私は糧にしてみせる。
社長と役員の挨拶が終わり、新入社員の挨拶をする番になった。私は視線が集まる中で一歩前に出た。
「今日からお世話になります北川夏帆と申します」
緊張しながら会議室を見回し、大勢の社員の中から洋輔さんを見つけた。
私と目が合い優しい笑顔を向けてくれる。そうして私も応えるように微笑み返した。
END