落ちる恋あれば拾う恋だってある
「あ、えっと……北川夏帆といいます……」
「北川……夏帆……」
椎名さんは変わらず私の顔を見たまま名前を呟いた。
「何? 洋輔くん、夏帆ちゃんがどうかした?」
先輩も他の人も不思議そうな顔で椎名さんを見ている。
「あのさ、前に会ったよね?」
「え?」
「俺と君、前に会ってる」
「えっと……」
前に会ってると言われて首を傾げる。彼とは今が初対面のはずだし、こんなかっこいい人と会っていたら忘れることはないと思うのだけど。
「えっと……すみません、覚えてないです。どこでお会いしましたか?」
「覚えてないか……」
椎名さんは一瞬悲しい顔をした。
「あのさー洋輔くん、夏帆ちゃんが気になる?」
中田さんは笑って椎名さんをからかうけど、目が笑っていなかった。
「…………」
椎名さんは黙りこんでしまった。気まずい空気になってしまったが、中田さんは椎名さんから目を逸らして私に再び構いだした。
「夏帆ちゃんは会社員? 土日休みかな?」
「そうです。事務職です……」
「会社どこにあるの?」
「古明橋です……」
「オフィス街だね」
「はい……」
中田さんの質問責めにうんざりする。
椎名さんは横に座る女の子に話しかけられてやっと私から顔を逸らす。女の子をちゃんと正面から見て笑顔を見せる。そうして時折私の方を向くから自然と私も見つめ返してしまう。そのうち中田さんよりも椎名さんの視線を向けられる方が辛くなってきた。
私、椎名さんとどこで会ったっけ? 彼氏さんの同期生ということは年上だから学生の時は被ってないし……。どこで会ったのか、もう一度椎名さんに聞いてみようかな。