落ちる恋あれば拾う恋だってある
「この後どうする? さすがに北川さんの休日を独占するのは申し訳ないから、今日はもう帰ろうか」
「はい……」
「送ってくよ」
「あの、でも……」
「いいから」
駅の改札を通る時には手を離した。私がカバンの中にパスケースをしまったのを確認すると、横山さんはまた私の手を取った。ずっと前から手を繋いで歩くのが当たり前だったような、そう思わせる自然な動きだった。
電車の中ではお互い一言も話さなかった。窓から見える夕日に照らされた家やビルを眺めながら、私は隣に立つ横山さんのことを考えていた。
この手はどういう意味ですか?
そう聞いたらなんて答えてくれるだろう。
「横山さん、次の駅で降ります……」
「分かった」
短い会話しか続けられない。今日は二人でどんな会話をしてたっけ?
電車を降りて横山さんは私の少し前を歩く。まるでリードされているようだ。そのまま改札まで抜けようとする横山さんを止めた。
「待ってください」
私の声に足を止めて振り返った。横山さんの手を引いて改札から離れ、エレベーターの陰まで来た。
「あの、横山さんこれって……」
「僕、明日はずっと社内にいるんだけど」
横山さんは私の言葉を遮って唐突に言い始めた。
「また北川さんの煮物が食べたい」
「え?」
真っ直ぐに私を見つめている。私も彼から視線を逸らすことができない。
「じゃあ明日作ってきますね……」
「あの味に惚れたんだよね」
「ありがとうございます……」
「北川さん自身にも」
横山さんはいつもの笑顔ではない。見たことのない真剣な顔をしていた。
「北川さんが好きになったんだ」
繋いだ手の力が少しだけ強くなる。