どうぞ、ここで恋に落ちて
2.砂糖とスパイス
1年前、一期書店に就職して4ヶ月が経った頃、私は一般文芸書の担当者になった。
それまで担当だった先輩に赤ちゃんができて、退職することになったからだ。
私より経験豊富な人もたくさんいるのに、正社員だからという理由でフロア担当を任されて、何をどうしていいのかわからなかった。
どの本を何冊入荷して、どの本を目立つように置いて、どの本を新しいものと入れ替えるのか。
自分では何も決められなくて、先輩の残してくれたマニュアルにただ従うことしかできなかった。
そんなとき、近くにある出版社『栄樹社』から新しい営業担当者がやって来た。
それまでの栄樹社の営業さんは、ときどき新刊のお知らせに来る程度で、うっかり平積みになっている本の上に鞄を置いちゃうような人だったけど……。
「高坂さんの好きな本は何ですか?」
とんでもなく端正な顔に細身のブロウフレームのメガネをかけた、すらりとした手脚でスーツを着こなす彼は、おどおどする私にそう訊いた。
「え? す、好きな本、ですか?」
「ええ。今話題の本でも、過去のベストセラーでも、何でも」