どうぞ、ここで恋に落ちて
「こりゃ失礼。おふたりがかわいいもんだから、つい」
樋泉さんに『怒るぞ』って忠告されたのに、基さんはへっちゃらな顔でおもしろがる様子を隠そうともしない。
樋泉さんはムーっと眉をしかめると、さっきまで基さんが触れていた私の手をギュッと掴む。
「帰ろう、高坂さん」
「えっ! も、もう!?」
今来たばかりなのに!
せっかくだからもっといろいろ店内を見たかったし、基さんの話も聞きたかった。
だけど樋泉さんは私の手をしっかりと握ったまま、私を彼から遠ざけるようにぐんぐん出口へと向かって行く。
「基、今はおもしろがってるから。これ以上いても高坂さんにちょっかい出して煽ってくるだけだし、俺も我慢できないし」
えーっと、どういうことなんだろう。
ふたりは大学の同級生だと言っていたけど、お互いのことをよく理解してるのか、私にはわからない意思の疎通があるみたい。
私の頭の中は混乱中だったけど、樋泉さんに手を引かれたまま振り返ってなんとかぺこりとあいさつをした。
「高坂ちゃん、またねー」
ヘラっと笑って手を振ってくれた基さんには、とりあえず嫌われたわけではなさそう。
私もこのお店の雰囲気がすごく好きになったし、また今度時間のあるときにゆっくり味わおう。