どうぞ、ここで恋に落ちて
「はい、また来ます」
私がそう返事をすると樋泉さんの歩くスピードが心なしか速くなり、私はずるずると引きずられるようにお店を後にした。
外に出てみると辺りは茜色に染まっていて、熟れた果実のような太陽が西の低いところに見える。
もう、今日が終わるんだ。
樋泉さんとふたりで出掛けられるなんて、とっても貴重な経験をしたと思う。
それに加えて、完璧だと思ってた樋泉さんの弱点を教えてもらった。
あのメガネが樋泉さんのお仕事モードへのスイッチだとすれば、今日はそのスイッチがオフだったってことで、しかもメガネの秘密を私に知られてもいいって思ってくれたってことなんだよね。
たとえそれがすずか先生との恋愛相談のためで、たまたま私が相談相手にちょうどよかっただけだったとしても、話してもいいって思ってもらえたことは素直に嬉しい。
本当は、もっともっと一緒にいたいけど……。
「あの、樋泉さん……?」
「ん?」
つながれたままの手に密かにドキドキしながら、同じ速度で隣を歩く彼を見上げた。
「樋泉さんのマンション、この近くだって、さっき基さんが……」
「ああ、うん。だけど、高坂さんをちゃんと家まで送り届けないと」