どうぞ、ここで恋に落ちて

私はこっそり唇を噛み締めて俯く。

そして、樋泉さんの手の中から、そっと自分の手を抜き取った。


冷たくなっていく指先をギュッと握りしめて顔を上げると、目をまん丸にして驚いた顔をする樋泉さんが私を見下ろしている。


「なんで、千春子さんだって……?」


あ、そっか、樋泉さん、私に好きな人がすずか先生だとは言ってないもんね。

言い当てられてびっくりしてるのか、なんだか顔が真っ青だ。

私は自分の顔色もそんなふうになっていないことを祈りながら、ちゃんと樋泉さんの背中を押してあげられるように努めて明るく笑う。


「なんとなく、そうじゃないかなって思ったんです。お似合いだと思います、すごく」


本当は、『なんとなく』なんかじゃない。

私が樋泉さんの好きな人に心当たりがあるのは、それだけ樋泉さんのことを見ていたからだ。

他の女性の前で赤くなって照れる彼を忘れられなくなるくらい、樋泉さんのことが好きだから。


私は勢いよく頭を下げて、涙が出てこないうちに早口でお礼を言った。


「今日は本当に楽しかったです。ありがとうございました。また一期書店の書店員として、ご指導よろしくお願いします!」
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