どうぞ、ここで恋に落ちて
失恋が決定した日くらい、ちょっとリッチにタクシーでも拾って帰ろうかな。
そうやってしばらくひとりでいじけながら歩いていると、後ろの方から誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。
なんだかすごく急いでるみたいで、あっという間に近づいて来る。
追い越されるだけなら大丈夫だと思うけど、万が一泣いてるところを見られたら恥ずかしい。
そう思って目の端にしがみつく涙を拭おうと、ゆっくりと右手を上げた。
すると突然その手首を走って来た誰かにパシッと掴まれて、驚いて声も出せずに息を止める。
「高坂さん!」
「きゃっ」
少し強引に引っ張られて振り向くと、息を乱して肩を上下させる樋泉さんが立っていた。
思いつめたように真剣な表情をしていた樋泉さんだけど、目を丸くしながら泣いている私を見てギョッとした顔をする。
「ごっ、ごめん、痛かった?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
解放された右手でサッと頬を拭い、そのまま顔を俯ける。
なっ、何で樋泉さんが!?
どうして追いかけて来たんだろう。
泣き顔を見られた恥ずかしさとパニックから顔を上げられず、樋泉さんのつま先をジッと見つめる。