どうぞ、ここで恋に落ちて
ついさっきまで、この人に失恋したんだって思って泣いてたのに……。
他の誰かに向けられていると思っていた樋泉さんの"好き"って気持ちを、彼は私にくれると言う。
そう思うと、一旦止まった涙も次々に溢れて今度は止まらなくなってしまった。
一期書店にやって来て、困っている私を助けてくれる樋泉さんも。
乃木さんの恋人に叩かれそうになった私を庇ってくれた樋泉さんも、手をつないで駅まで歩く間なかなか目を合わせてくれなかった樋泉さんも。
気品と色気の漂う素敵なオトナの樋泉さんから、ちょっと恋愛下手で、泣いてる女の子の前でこんなふうに焦っちゃう樋泉さんまで、まるごと全部……。
「好きです。樋泉さんのこと、大好きです」
ポロポロ溢れる涙と一緒に、もうどうにも抑えきれなくなった気持ちを声にした。
泣き濡れた目で見上げる先で、樋泉さんがピシリと固まる。
そしてそのまま動かなくなってしまった。
「あの、樋泉さん……?」
どうしたんだろう?
私、何も変なこと言ってないよね。
私が首を傾げながら一歩近付いて覗き込むと、樋泉さんは弾かれたようにそのぶん一歩後ろに飛び退いた。