どうぞ、ここで恋に落ちて
チャームポイント
13.魔法のキス
月が冷やす夏の夜に、好きな人と手をつないで歩いた。
淡い風がワンピースの裾をふわりと持ち上げる。
樋泉さんは、ボロボロと泣いたせいで目が赤くなりメイクも崩れた私を、すぐ近くにあった彼の住むマンションへと案内してくれた。
オートロックのきれいな建物の8階に、樋泉さんの部屋がある。
「どうぞ」
「お、おじゃまします」
ドアを開けた樋泉さんに続いて、緊張しつつ玄関に足を踏み入れた。
私がぎこちなくパンプスを脱ぐのを、樋泉さんはちょっと笑いながら待ってくれている。
樋泉さんの靴の隣に脱いだパンプスを揃えて置き、顔を上げてぐるりと視線を巡らせた。
玄関にもその先に続く廊下にも余計な物や飾りがなく、すっきりと片付いている。
廊下を進んだ先にあるリビングに入っても、目につくのはカウンターキッチンにくっつけて置いてあるテーブルと、ソファとテレビ、それからカーテンの引いてある大きな窓くらい。
物が少ないからなのかとても広く見えるし、まるでショールームのような部屋に私はなんとなくそわそわしてしまった。
そうでなくても、樋泉さんのお部屋なんだし。
「殺風景でしょ?」
あんまり片付いているものだからついぐるぐると部屋を見回してしまう私に、樋泉さんがいたずらっぽく笑う。