どうぞ、ここで恋に落ちて
ひとことで言えば、樋泉さんのキスは恐ろしく素敵だった。
唇を触れ合わせただけなのに、爪の先まで甘い痺れに侵される。
胸がキューッと締め付けられて全身がドキドキと脈を打つ傍ら、静かな月夜に穏やかな海風が吹いたかのように、ふたりを包む空気が不思議と凪いでいく。
「古都」
鼻先の触れる距離で名前を呼ばれて、肩がピクリと跳ねた。
まつ毛の奥からこっそりと目を上げると、樋泉さんの黒い瞳に、見たこともないほど火照った顔をした私が映されている。
樋泉さんがそっと右手を持ち上げ、私の頬を撫でて、指先にボブの毛先をくるりと絡めた。
「ただの憧れじゃ足りないんだ。今日からは俺を、古都だけの男にしてくれる?」
ほんの少し戯けて懇願するような声音に、私はぶんぶんと激しく頷く。
すると樋泉さんはセクシーな目元に照れた笑みを浮かべて、ふにゃりと頬を緩めた。
ああ、もう。
こんなの反則でしょ?
女の子の憧れをそのまま体現したような人にこんなこと言ってもらって、なんて贅沢なんだろう。
だけどたとえそのせいでいずれバチが当たるとしても、いろんな樋泉さんを丸ごと独り占めできちゃうこの場所を、誰かに譲りたいとは決して思わない。