どうぞ、ここで恋に落ちて

あとから思い出すと恥ずかしくて、こっそりそのことを後悔していた私だけど……。


「とってもおもしろかったです。主人公が聡明で感受性豊かで、とくに後半の物語展開にはハラハラして」

「え……よ、読んでくれたんですか?」

「はい。あ、高坂さんの言う通り、春名さんの旧訳本は手に入らなかったので、別の翻訳者の新訳ですけど」


次に会ったとき、そう言ってはにかんで微笑んだ彼は、きっと見た目や上辺だけじゃなく、中身まできちんと素敵な人だと思えた。

だって『砂糖とスパイス』はけっこう厚みのある海外古典文学で、読むには時間がかかる上に彼にとってもおもしろいという保証はどこにもない。

それなのに、わざわざ時間を割いて読んで、そして感想を伝えてくれた。


「高坂さんのおかげで、好きな本が増えました。ありがとうございます」


私の好きなものを、他の誰かも好きだと言ってくれる。

彼のその言葉が本当に嬉しくて、そのときから少しずつ、担当している本棚をあれこれと考えながらつくれるようになった。

誰かがここで忘れられない一冊と出会って、手に取った本に恋をすることを思い描いて。


その喜びを教えてくれたのが、他でもない樋泉さんだったのだ。
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