どうぞ、ここで恋に落ちて

「よかったですね。どこの本棚にどの本が置いてあるのか、高坂さんはいったいどのくらい把握してるんだろうって、いつも感心させられます」


隣に立つ樋泉さんは私を見下ろすと、はにかみながらレンズの向こうで目を回す。

私は彼に微笑み返そうとして失敗した。

うまく笑えなかった唇を噛んで、樋泉さんに見られないようにこっそり下を向く。


樋泉さんはお仕事用の伊達メガネに軽く触れてから鞄の中に手を入れ、栄樹社のロゴの入った紙袋を取り出した。


「今日は、頼まれていたやよいはる先生のサイン色紙を持って来たんです。やよい先生の担当編集は、今度の企画を喜んでいましたよ」


いつも通りお仕事モードの伊達メガネをした樋泉さんは、くらくらしちゃうほどの気品と精悍さの狭間にほんの少しの親しみやすさをブレンドしたようで、どこか嬉しそうにニコニコしている。

たぶん他の人では気付けないキュートな樋泉さんを発見して胸がキュンと締まり、それと同時にチクチクと小さな痛みが胸を突く。


「ありがとうございます。あの、どうして……」


来月のイベントで棚に飾りたくてお願いしていたやよい先生のサイン入り色紙を受け取りながら、私の口からこぼれたのは自分でもびっくりするくらい低い声だった。
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