どうぞ、ここで恋に落ちて
「どうして樋泉さんには、さっきのお客様の探している本がすぐにわかったんですか? 同じ番組、見てたんですか?」
そう訊いておきながら、樋泉さんに限って"たまたま同じ番組を見た"なんてラッキーな理由じゃないことはわかってる。
それでもそうであって欲しいと願ってしまうのは、私のちっぽけな尊厳のためだ。
俯けていた視線を上げてジッと見つめると、樋泉さんが目をパチリと瞬く。
「ああ、あれは、ネットニュースで記事になっていたのを見たから……偶然だよ」
予想を裏切らない答えにカッと頬が熱くなり、手に力が入って紙袋がクシャッと音を立てた。
お客様と同じ番組を見ていなかったとしても、ネットニュースになるくらい話題になったことなら私だって知っているべきだったのに。
樋泉さんはそれをなんでもないことのように、"偶然"だなんて言う。
私がなりたい書店員の姿に近いのは、私ではなく、出版社の営業マンである樋泉さんのほうなんだ。
樋泉さんはいつでも困っている私を助けてくれる。
そのことに感謝はしているし、尊敬もしている。
だけど私は、いつまでそのことに甘んじて、スーパーヒーローが助けてくれるのを待っているつもりなんだろう。