どうぞ、ここで恋に落ちて
こんなんじゃ恋人として隣を歩くどころか、書店員として胸を張ることもできない。
手にした紙袋をギュッと胸に抱く。
今回サインを書いてくれたやよいはる先生は、すずか先生と並ぶミエル文庫の売れっ子作家だけど、彼女とは反対に顔出しもしていないし決して素性も明かさない。
樋泉さんも最初は『あの人がサインを書いてくれるかどうか保証はできない』と顔をしかめていたくらいだ。
「高坂さん……? どうかした?」
黙り込んで俯く私を、精悍な眉をハの字にした樋泉さんが心配そうに覗き込む。
樋泉さんはきっと、私が企画する一期書店のイベントコーナーのために、やよい先生を説得してくれたに違いない。
やよい先生の担当編集の方や、ミエル文庫の編集部だって協力してくれたのかもしれない。
私に、それに見合うだけのイベントをつくり上げることができるのかな。
樋泉さんのほうがもっとずっといい使い道を知っているかもしれないし、もしかしたら小夏書房のイベントで使ってもらったほうがたくさんの人に喜んでもらえるのかも……。
そんな暗い不安が頭の上に重くのしかかる。