どうぞ、ここで恋に落ちて
「樋泉さん、あの、私……」
できることなら、今感じているモヤモヤとした気持ちを丸ごと打ち明けてしまいたい。
樋泉さんならきっと助けてくれる。
だけど樋泉さんは小夏書房の営業担当も受け持っていて、当然すずか先生のサイン会の企画にも関わっているはずだ。
そう思ったら、自分の自信のなさや小夏書房でのイベントと比べて焦りを感じているなんてことを彼に話すのは、少しだけ躊躇われた。
樋泉さんは、言葉を切ってためらう私を、子どもをあやすように優しく覗き込む。
「ん? なに?」
レンズ越しの黒いアーモンド型の瞳が私を映し出した。
小さな波に乱されていた心に、ひときわ大きな渦が巻く。
彼の視線に射抜かれて私の身体を駆け巡ったのは、憧れや尊敬からくる甘いドキドキなんかじゃない。
気の遠くなるような、強烈な嫉妬だった。
私は、書店員としての私が目標としていて、そして今の私ではできないことを、すごく簡単にやってのけちゃう樋泉さんに嫉妬してる。
彼への気持ちが100%の憧れではなくなってしまったら、そこにはこんなみっともない感情まで紛れ込んでいたみたいだ。