どうぞ、ここで恋に落ちて

16.土曜日






伊瀬さんの大きなブラウンの瞳を細めた笑顔は「人懐こいワンコみたいでかわいいわ(ハート)」と奥様方の母性本能を鷲掴みにし、一期書店を訪れるマダム層に日々ファンを増やし続けている。

土曜日ともなれば平日に比べてご来店されるお客様も多くなり、伊瀬さんは大抵、代わる代わるやって来る顔馴染みの奥様とニコニコ楽しそうにおしゃべりをする。


だけど、今日の彼はワンコとは程遠かった。


「古都ちゃん、今夜俺と飲まない?」


隙あらば私のまわりにまとわりつき、丸い目をぐにゃんとかまぼこのように歪ませてニヤニヤと下世話な笑みを浮かべる。

レジに立って新刊のスリップに黙々とハンコを押していた私は、隣に立つ伊瀬さんのニヤけた顔を見て鼻の頭にシワを寄せ、プイッと目を逸らした。


「一期書店春町店の正社員同士、店の今後について一晩語り明かすのも大事なことだと思うんだよねえ」


もっともらしいことを言うのは、私を困らせるため。

伊瀬さんは今夜の私の予定を知っていて、意地悪をしているのだ。


店の外では街にそっと夜の帳が下り始めても、人々はまだまだ終わらない夏の一日のために昼間の熱を燻らせている。
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