どうぞ、ここで恋に落ちて
夏の盛り、土曜の夜の浮かれた温度と匂いが、終業時刻まであと一時間を切った私を急かした。
あれから、樋泉さんとは会っていない。
あの日突然泣き出しそうになった私を気遣うメールと、改めて今日会う約束をするための電話はもらったけれど、それ以外はこれといった連絡も取っていなかった。
樋泉さんは女性に対してあまりマメなタイプではないみたい。
まあ、彼の弱点を知ったときからなんとなく予想はできていたけど。
そういうわけで、付き合い始めてからちゃんと会うのは今夜が初めてなんだけど、今日はもうどこかに出掛けるには夜も遅いから、私の仕事が終わり次第彼の部屋にお邪魔する約束だった。
相変わらずイベントコーナーの企画は行き詰まったままだし、仕事ができすぎちゃう樋泉さんに対して勝手に抱いてしまった複雑な気持ちをきちんと消化できずにいても、やっぱり好きな人と会えるのは嬉しい。
それが顔に出ているのか、今日の伊瀬さんは私をからかってばかりなのだ。
「伊瀬さん、暇ならこれ手伝ってください」
まだハンコの押されていないものをニヤけた顔の伊瀬さんに押し付けると、彼は案外素直に半分だけ受け取った。