どうぞ、ここで恋に落ちて
いつもなら面倒な雑用はひょいっとかわしてどこかへ行っちゃうのに。
今日は機嫌がいいのかなあ。
不思議に思ってひょろりと背の高い伊瀬さんを見上げると、彼はまるで"待て"を言い渡された犬のように期待のこもったまなざしでしっぽをブンブン振っていた。
ギョッとする私に、一期書店へやって来た奥様方を悩殺しちゃう甘〜い笑顔を見せる。
「古都ちゃん、俺も樋泉さんとお近づきになりたいなあ」
私は一瞬キョトンとして目を瞬いた。
ちょっと待って。
今日ずっと「一緒に飲みに行こう」って言ってたのは、私をからかいたかったからじゃないの?
まさかそれがほんとの狙い?
伊瀬さんてば、本気で樋泉さんのこと好きになっちゃったの!?
「だっ、ダメです!」
「ちぇー、ダメなの? 俺って樋泉さん本人から牽制されちゃうくらい眼中にないのに、チャンスもくれないの? 古都ちゃんてばあんなに"樋泉さんはただの憧れ"って言ってたくせに、抜け駆けなんてズルくない?」
私があわあわと慌てて首を振ると、伊瀬さんはぶーぶーと唇を尖らせて文句を言う。
それから私が本気で伊瀬さんの気持ちを疑い始めたのを見て、イタズラを成功させた男の子のみたいにケタケタと楽しそうに笑ったから、私は自分の手元に残っていたあと半分の作業も全部伊瀬さんに押し付けた。