どうぞ、ここで恋に落ちて



* * *



「どうぞ、お嬢さん」


その日の夜。

玄関で私を出迎えた樋泉さんは、なんだか芝居がかった仕草で私の手を取ると、リビングにある大きなソファまで丁寧にエスコートしてくれた。

埃ひとつないソファの上を片手でポンポンと払ってみせる。

繋いだ右手を持ち上げてダンスを踊るように私をくるりと一回転させてからソファに座らせると、そのまま床に跪いた。


「今日もお仕事お疲れ様です。お帰りをお待ちしておりました」


とびきり澄ました顔の樋泉さんには執事や王子様のようなキャラクターがぴったり。

だけど私は、恋愛に不器用で照れた表情がとってもキュートな彼を知っているから、目が合った途端プッと吹き出してしまった。


樋泉さんは形のいい唇を小さく尖らせて拗ねた顔をすると、執事ごっこをやめて私の隣にドサッと腰を下ろした。


「けっこう似合うんじゃないかと思ったんだけどな。俺、才能ないかも」

「似合ってました。スーパーヒーローは執事にもなれちゃうんですね」


私は樋泉さんとの間にあるほんのわずかな距離を縮めて、彼のアーモンド型に囲われた黒い瞳を見上げる。
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