どうぞ、ここで恋に落ちて
「しー! こっ、声が大きいよ」
パッチリとした目を大きく見開いて、顔を真っ赤にした色葉ちゃんが慌てて辺りをきょろきょろと見回した。
学生はまだ夏休みだけど、午前中のこの時間には比較的お客様も少ないから人も疎らだ。
まして橘くんの出没時間は夕方以降の遅い時間帯であることが多い。
近くに橘くんの姿がなかったことに、彼女はホッと胸を撫で下ろす。
なるほど、そういうことか。
色葉ちゃんってばかわいいなあ。
私は色葉ちゃんの反応を見て、彼女の変身っぷりにも言いたいことにも納得した。
色葉ちゃんは、橘くんのことが気になってるんだ。
確かに橘くんは普通の男子高校生にしてはクールで大人っぽいし、有名な進学校に通う、礼儀正しくて眉目秀麗で古典文学好きのハイスペック男子。
中学生の色葉ちゃんが憧れちゃうのも仕方ないほど魅力的かもしれない。
私が見た限り、ふたりは常連客同士として顔見知りではあるみたいだけど、あんまりお話ししたことはないのかな。
私は小さくても立派な恋の予感に勝手にわくわくして、レジから身を乗り出した。
「橘くんはね、ああいうの好みだよ。有名な古典作品なら大抵読んでると思うから、話しかけたら喜ぶんじゃないかな」