どうぞ、ここで恋に落ちて
「はっ、話しかける!? そこまでは考えてないけど……」
私の勢いに、色葉ちゃんは困ったように眉を下げる。
それでも彼女は動き出した恋に胸を張るように、はにかみながらもびっくりするくらい綺麗に微笑んだ。
「だけど、ちょっとでも近付きたいなあって思ったの。私でも読めそうなのがあるか、自分で探してみるね」
そう言った色葉ちゃんが、いつもとは違う古典文学の棚を目指して店内を歩いて行く。
私はその後ろ姿を見て、胸の底から湧き上がる喜びに満たされていくのを感じた。
嬉しいなあ。
新しい本との出会いは、まだ見ぬ世界との出会いを呼び込む。
その先にはきっと、自分の知らない素敵な人がいる。
物語にはそうしてどんどん世界を広げる力があって、そこにはたくさんの恋と出会いが隠れていると信じてるから、私は本が大好きなんだ。
そして、そうやって大事な一冊の本と出会う人をいつも近くで見ていたいと思うから、私は書店員をやっている。
新たな出会いを胸に抱えたお客様がまたひとりレジに向かってやって来て、私の頬は忘れがちな静かな喜びにほころんだ。