どうぞ、ここで恋に落ちて
だってわざわざ間を空けて座るのも変だしね。
チラリと横目で伺ってみたけど、すずか先生にも特に文句はないようなのでひとまずホッとする。
マスターは前回私が注文を迷っていたのを覚えているのか、何も聞かずスライスされたピーチの浮かぶカクテルをつくってくれた。
「来るんじゃないかなあと思ってましたよ。うちは店が自分でお客様を呼ぶんです」
マスターはグラスを私の前に置きながら、いたずらっぽく片目をつぶる。
「それ、おじいさまの受け売りでしょう。『俺の書いたものは自分で読む人を選ぶんだ』って」
すずか先生は唇を尖らせながらマスターに胡乱な眼差しを向けた。
前にここで会ったときはすずか先生をすごく大人っぽい雰囲気のある美人さんだと思ったけど、マスターの前にいる彼女はどこか成熟し切らない少女のような可愛らしさがある。
なんだか、兄妹を見ているみたい。
「じいさんの本は好き嫌い分かれるからなあ。敵も多かったけど、そのぶんものすごい味方もたくさんいるような人だった」
マスターは遠い日を見るような目で懐かしそうに笑った。
彼のおじいさんは小説家だったのかな。
だとしたらどんなお話を書いていたのか、すごく興味がある。