どうぞ、ここで恋に落ちて
「そっか、それなら、よかった」
肩の力を抜いた樋泉さんは、私と目が合うと我に返ったようにハッとして腕を放す。
「その、それで、えーっと、俺……」
視線を泳がせながらそわそわと内ポケットに手を滑らせる彼はたぶん、一生懸命に何かを伝えようとしているんだ。
手が無意識にメガネを探している。
まったく、千春子さんにかっこよく頭を下げたという樋泉さんはどこへ行ったんだろう。
私と樋泉さんはきっと、お互い臆病でいいかっこしいなのだ。
相手にどう見えるかを気にしすぎて、心細い気持ちにさせているのはお互い様かもしれない。
私だって、どんな樋泉さんも好きだといいながら、いったいどれだけの笑顔を彼に見せてあげられていただろう。
相手のことが好きだからこそそうなってしまうのだろうけど、好きな人の隣にいる自分を肯定できずに、足を引っ張り合っていたら意味がないんだ。
私は何より、この愛しい人を失いたくない。
私は樋泉さんの右手に触れて、夜の闇のように揺れる双眸を見上げた。
「いいんです、私。もう吹っ切れました」
樋泉さんの顔色がサッと青くなる。
彼は私の手を掴み返すと、ギュッと力を込めて詰め寄り、メガネのことはすっかり忘れて勢い込んで懇願した。