どうぞ、ここで恋に落ちて
「頼むよ、捨てないで!」
「……は?」
樋泉さんの突拍子のない台詞を理解できなくて、私は素っ頓狂な声を上げる。
目を丸くする私に構わず、樋泉さんはもどかしそうに言い募った。
「上手く言えないけどとにかく、古都が好きなんだ。今まで出会った誰よりも。他の男のところへ行かせたくないって、それだけは確かだ」
私の手をぎゅうっと握り締めて、どこへもやりたくないと言うようにまっすぐに見つめてくる。
私はしばらく、真顔でその瞳を見つめ返した。
私を惹きつけて離さない、アーモンドの形をした美しい双眸。
気品のあるまっすぐで精悍な眉と、色気のある柔らかな曲線を描く二重瞼。
完璧な見た目に反して実は口下手で女性の気持ちに鈍くてちょっとヘタレなところもあるけど、こんな風に誠実に想ってくれる彼は、やっぱり私にとってたったひとりの素敵な男の人だ。
判決を待つような表情の樋泉さんがゴクリと息を飲み、私は彼の見当違いな心配事に思わず頬を緩めた。
「とりあえず、中に入りません?」
深刻な顔の樋泉さんの手を引いて、部屋の鍵を開け、中へ招き入れる。
後ろを振り返ったときに見た彼の表情があまりに悲痛だったので、私は眉を下げて笑った。
「少なくとも、樋泉さんを捨てちゃおうって思ってたり、別の男の人のところへ行った後だったりしたら、部屋の中には入れませんから」