どうぞ、ここで恋に落ちて

「ママ! ユカちゃん、この本欲しい! 読書の時間に読むの」


女の子が選んで手にしたのは、赤い髪とそばかすが特徴的な少女が描かれた表紙の、児童書だった。

イベントコーナーに置いてあるのは第1巻だけだけど、実はとても長いシリーズもので、話が進むほどに大人も楽しめる物語だと思っている。


「ユカちゃん、大きな声を出したらはしたないわ。もっとお淑やかにしなくちゃ。王子様はどこで見てるかわからないのよ」


王子様って……まさか、樋泉さんのことじゃないよね?

あの親子は一度雑誌の懸賞の件でクレームに来て、私がうまく対応できずにいるところを樋泉さんに助けてもらったことがある。

確かに樋泉さんは全世代の乙女をメロメロにしてしまう王子様パワーで驚くほどきれいに場を収めてくれたけど、"王子様"って、娘さんにとって? それともマダムにとって?


少し離れたところで北村店長と一緒に棚の入れ替えをしていた私は、こっそりふたりの様子を伺った。

今日も完璧なお化粧と素敵なワンピースを着こなすマダムは女の子に歩み寄り、娘の選んだ本を見て目をパチリと瞬く。


「あら、懐かしい。ママも昔読んだのよ、その本。途中までで断念しちゃったけど……あ、こっちもおもしろそう」
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