どうぞ、ここで恋に落ちて

男性が買い求める本は全部で6冊。

表紙は大人女子向け恋愛小説レーベルであるミエル文庫のやよいはる先生の新刊。

しかも、6冊全部が『公爵さまのプロポーズ!』だった。

ミエル文庫をご購入される男性のお客様もときどきいるけれど、こんなに堂々と同じ小説を6冊も買う人は稀だ。


彼がそんなにたくさん『公爵さまのプロポーズ!』を購入していくのには、何か特別な理由があるのかな……?


たぶん表情には出ていないと思うけど、内心すごく動揺して興味をそそられてしまった。

一方で会計をする咲さんは、さすがの営業スマイルを崩さない。

紺色の紙袋を手にした男性はとっても満足そうだった。


男性と入れ替わりに、別のお客様が私の立つ方のレジへやってくる。


「これ、カバーかけてもらえますか?」

「はい。かしこまりま……あっ」


女性の差し出した文庫を受け取り、顔を上げて彼女と目を合わせる。

そこにいるのが見覚えのある人物だったので、私は小さく声を上げた。

まっすぐな黒髪と綺麗なお化粧の施された小さな顔をもつOLさんは、かつて仲裁に入った樋泉さんの頬を誤って叩きメガネを吹っ飛ばしてしまった、乃木さんの彼女だ。
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