どうぞ、ここで恋に落ちて
あの後会った乃木さんは『彼女にフラれた』と言っていたから、今はもう元カノということになるのかもしれないけど。
「私も、そろそろダメ男に引っかかってばかりの恋は卒業しようと思って。友だちに、その作家の小説で勉強しろって言われたから」
彼女が少し照れくさそうにレジへ持ってきた小説は、大人女子のリアルな恋愛に定評のあるすずか先生の作品だった。
意外なお客様に驚きつつも、彼女が一期書店でこの本を購入しようと考えてくれたことが素直に嬉しい。
文庫にせっせとカバーをかける私の手元を見ながら、眉を下げた彼女が小さな声で話しかけてきた。
「あなたにも、ひどいことを言ってごめんなさい。あのバカ男に夢中だった私がバカだったの。あなたの彼氏のことも、叩いてしまったし」
「いえ。彼とはあの一件のおかげで、関係が変わったといいますか」
「え? まさか別れたの?」
「あっ、違います。むしろ逆っていうか、なんていうか……」
ゴニョゴニョと濁そうとする私に、彼女は怪訝な顔で首を傾げる。
あのときの樋泉さんは演技で私の彼氏のフリをしてくれていたから、彼女が勘違いをしているのは当然だ。
だけど今は実際に恋人同士なわけだし、あの夜の出来事が私に樋泉さんへの恋愛感情を自覚させたんだけど、そのことを説明していたら話が長くなってしまう。