どうぞ、ここで恋に落ちて
「まあ、あの素敵な彼と今も仲がいいならよかった。私もきっと、いい恋を見つけるから」
ため息混じりにそう呟いた彼女は、なんだかまだどこか寂しそう。
何というべきか迷いながら商品を差し出し、口を開きかけたとき、右手奥に見える店の入り口に着崩れたスーツ姿の男性が飛び込んできた。
「アリサ!」
「か、翔!」
その男性は久しぶりに見る乃木さんで、いきなり大きな声で女性の名前を呼ぶと、その声に反応して振り返った彼女のところへ駆け寄ってくる。
そしてレジに立つ私には気付かない様子で、アリサと呼ばれた彼女の腕を掴んだ。
「聞いたぞ、今度別の部署の奴らと合コンするって。やめとけよ」
「はあ? 翔には関係ないじゃない! 付き合ってるときですらそんなこと言わなかったくせに。だいたいここで何してるの、ストーカーなの? バカなの?」
アリサさんは私から受け取ったすずか先生の小説を鞄の中に突っ込みながら、乃木さんのことを激しく突き放そうとする。
そんな彼女とは反対に、乃木さんは冷静に、しかしどこまでも真剣に言い募った。
「ストーカーでもバカでも何でもいいよ。だけど俺、アリサのことがすげえ好きだって今更気づいたんだ」