どうぞ、ここで恋に落ちて
* * *
「すみません、お待たせしました」
もうすぐ店を出られそうだという連絡をすると、樋泉さんは社員通用口の近くで待っていてくれた。
歩道に立つ彼に駆け寄る私を認めると、素早く辺りを見回す。
「古都、ちょっとごめん」
ひと言断って腰を屈め、私の肘のあたりを掴んで軽く引き寄せると、そのまま頬に小さなキスをした。
「ちょっ」
びっくりして頬を押さえる私に、樋泉さんがはにかんで応える。
「さっきの古都見てたら、どうしてもしたくなっちゃった。でもさすがにお店の中じゃまずいかなあって」
「ま、まずいですよ! まずいです!」
私はキョロキョロと挙動不審になりながら、せめて知り合いには見られていなかったことを確認する。
伊瀬さんなんかに見られたりしたら、絶対面倒なことになるもん。
樋泉さんはオロオロする私を見下ろして目を細め、満足そうに笑って左手を差し出した。
「ごめんね。さ、帰ろうか」
謝りながらも、後悔はしていない様子の樋泉さん。
私は熱くなった頬をブウッと膨らませつつ、やっぱり彼には逆らえなくて、大人しくその手に右手を重ねた。