どうぞ、ここで恋に落ちて
「あの時は言えなかったけど、実は高坂さんのこと、ずっと好きだったんです」
頭の中に直接響くような甘く深い声。
彼のシャイが演技ではないことはわかっているけど、私がそれに弱いことを知っていて、何から何まで武器にしてくる樋泉さんは本当に厄介だ。
私は目眩を堪えて隣を歩く樋泉さんにキッと抗議の目を向ける。
「ず、ズルいですよ! 今のは反則!」
樋泉さんは楽しそうに声を上げて笑うばかりで、無口だった前回がウソのようだ。
夜空には細い三日月と星々が輝き、ふたりの歩く道に淡い光を落としていた。
思い出話をして出会ってからの1年を振り返ったり、すれ違っていた期間の想いを打ち明けたり、ときどき未来の話をしてみたり。
ふたりは過去と今と、そしてこれからを一緒に過ごしていくことを、当たり前のように思えている。
そうして会話を弾ませながらふたりで歩くと、春町駅までの距離は今まででいちばん短く感じられた。
私は今では、彼がどの改札を使っているのかを知っている。
駅に着いても、前回別れた場所で立ち止まることなく、ふたりの手はつながれたまま駅の中へと吸い込まれていった。