どうぞ、ここで恋に落ちて
今年の冬は身体の芯まで冷えるような寒さで、こんな日には古都の大好物のカボチャのグラタンを作ろうと、ホワイトソースを煮込んでいるところだった。
鍋をかき混ぜながら、側に寄ってきた彼女の額に軽くキスをする。
寒さで赤くなっていた頬が、そのキスのせいでまたひとつ温度を上げるのが愛おしい。
「随分千春子さんと仲良くなったんだな」
『プリマヴェーラ』のマスターのおじいさんが翻訳家の春名栄太郎だと教えたときから、古都はすっかりあの店の常連客だ。
マスターの辰吉さんや千春子さんと話をするのが楽しいらしく、いつの間にか千春子さんとは昼間に会ってランチをするほどの仲になっている。
それを知ったときはとても驚いた。
『あの子って素直で従順でほんとにかわいい。手なづけて肥らせていつか食べちゃいたい』という千春子さんの言葉を聞いたときには、言いようのない危機感を覚えた。
「本当に嬉しいの。私、いつかやよいはる先生にも会ってみたいなあ」
千春子さんのサイン入りの新刊を胸に抱えて目を輝かせる古都に、なんとも言えず苦笑する。
千春子さんとやよい先生は確かにミエル文庫の二大看板作家だが、ふたりが同じ性質の人だとは思わないほうがいい。
やよい先生の担当編集の宇野(うの)も相当な苦労をしているらしく、半年に一度は一週間程度寝込んでいるみたいだ。
しかし病欠明けにひょっこり出社してきたときにはしっかりヒットの見込める原稿を上げてくるものだから、宇野とやよい先生は黒魔術か何かを使っているのではないかというのが専らのウワサだ。
「コート脱いでくるね。私も手伝う」
そう言い置いて背を向けた古都が、パタパタとキッチンを離れていく。
俺はその後ろ姿を横目にこっそり深呼吸をしたのだった。