どうぞ、ここで恋に落ちて
傷が付いたり切れたりしてないかと彼の頬を覗き込むように見上げると、樋泉さんは私の視線を遮るように、片手で頬を覆い隠した。
「いや、別に。高坂さんが謝ることじゃないですよ」
私から目を逸らしたまま、早口で言い切る。
その言い方はいつもお店で話をするときより少し素っ気ない感じがするし、よく考えると、樋泉さんはさっきから一度も目を合わせてくれない。
怒ってるのかな……?
私が知り合いだったから仕方なく助けたけど、面倒なことに巻き込まれたって思ってるのかもしれない。
それも当然のことだと思って私がグッと押し黙ると、樋泉さんは慌てたように付け足す。
「その、俺も……たまたま、駅に向かう途中だったので」
そっか、樋泉さん、春町駅を利用してるんだ。
それなら尚更、仕事で疲れて家へ帰る途中でこんなトラブルに遭遇しちゃって、迷惑だっただろうな……。
がくーんと更に落ち込んでいると、樋泉さんがサッとしゃがみ込み、アスファルトの上に転がっていたメガネに手を伸ばした。
それを持ち上げて手の中で軽く転がす。
「うーん。テンプル曲がったかな」
小さな声でそう呟いて、そのまま壊れたメガネをスーツの胸ポケットの中に差し入れた。