どうぞ、ここで恋に落ちて

それを見た私は慌てて樋泉さんの前に回り込み、しゃがんでいる彼に向かって右手を伸ばす。


「どうぞ!」

「え?」


樋泉さんは差し出された手のひらをポカンと見つめて、頭の上にはてなマークを浮かべている。


「あの、お家まで……は迷惑だと思うので、駅まで送ります! どうぞ、捕まってください」


私はフンッと息巻いて、力強く頷いた。

樋泉さんのメガネが壊れてしまったのは、私を庇ってくれたせいだ。

私は視力がいいからよくわからないけれど、いつもメガネをしている彼が、メガネなしで街中を歩くのはきっと大変に違いない。

ボヤける視界の中、電柱にぶつかったり信号を無視したりしないように、せめて駅まではお供させてもらおう。


いつもいつもスーパーヒーローのように助けてくれる樋泉さんのために、今夜くらい役に立ちたい。


「えっと……樋泉さん?」


意気込んで手を差し出した私だけど、樋泉さんは地面にしゃがみ込んだまま、アーモンド型の目をまん丸にして固まっている。

凝視しているのは、私の手のひら。


「あっ、ごめんなさい。イヤですよね、こんなところで私なんかと……。あの、服とか掴んでもらってても……」
< 30 / 226 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop