どうぞ、ここで恋に落ちて
それを見た私は慌てて樋泉さんの前に回り込み、しゃがんでいる彼に向かって右手を伸ばす。
「どうぞ!」
「え?」
樋泉さんは差し出された手のひらをポカンと見つめて、頭の上にはてなマークを浮かべている。
「あの、お家まで……は迷惑だと思うので、駅まで送ります! どうぞ、捕まってください」
私はフンッと息巻いて、力強く頷いた。
樋泉さんのメガネが壊れてしまったのは、私を庇ってくれたせいだ。
私は視力がいいからよくわからないけれど、いつもメガネをしている彼が、メガネなしで街中を歩くのはきっと大変に違いない。
ボヤける視界の中、電柱にぶつかったり信号を無視したりしないように、せめて駅まではお供させてもらおう。
いつもいつもスーパーヒーローのように助けてくれる樋泉さんのために、今夜くらい役に立ちたい。
「えっと……樋泉さん?」
意気込んで手を差し出した私だけど、樋泉さんは地面にしゃがみ込んだまま、アーモンド型の目をまん丸にして固まっている。
凝視しているのは、私の手のひら。
「あっ、ごめんなさい。イヤですよね、こんなところで私なんかと……。あの、服とか掴んでもらってても……」