どうぞ、ここで恋に落ちて
自分から駅まで送ると言い出したくせに気の利いた会話のひとつもできなくて、彼はどれほどつまらなそうな顔をしているだろう。
そう思いながら怖々と振り向き、途端に呼吸を奪われる。
その一瞬、人の話し声も構内のアナウンスもなにもかもが遠のいていく。
樋泉さんは、背の低い私をまっすぐに見つめていた。
今日初めて目があった。
メガネに遮られない彼の綺麗なアーモンド型の双眸は、黒く深く吸い込まれそう。
息を飲むほど端正で精悍な気品のある顔立ちはそのままなのに、その瞳が例えようもないほど素敵で、彼の印象を大きく変えてしまっている。
月の引力が海を引っ張り、やがて潮の満ち引きをもたらすように、彼の遮られることない魅力がダイレクトに私を惹きつけて、そして私の心に波を立てた。
「高坂さん」
「はっ、はい」
彼の長いまつ毛が陰影を作るシャープな頬に、ほんの少し赤味が宿る。
「ありがとう。楽しかった」
樋泉さんはふにゃりとはにかんだように微笑んで、そのくせ抗いようもなく私の心臓を鷲掴みにした。
触れ合う手のひらがカッと熱を持つ。