どうぞ、ここで恋に落ちて
彼の手のひらの感触を忘れようと右手をパタパタと振ってみたけれど、それも効果はナシ。
ああ、どうしよう。
一生懸命に抵抗しようとしても、落ちてしまったものは元には戻れない。
棚の作り方を教えてくれた彼も、クレームに困っていた私を助けてくれた彼も、私が好きだと言った『砂糖とスパイス』を自分も好きになったと言ってくれた彼も。
今まで好きにならなかったのが不思議なくらい、一瞬にして胸を疼かせる人になる。
「はあ……」
望みの薄すぎる恋に落ちたことを自覚してため息が出た。
私ってばこの1年、どうやって樋泉さんを好きにならずにいられたんだっけ。
頭の中を支配しようとする彼を隅に押し込めるのを諦めると、次々に浮かび上がる面影に思考が攫われていく。
樋泉さんのメガネ、すぐに直るかな。
いつも使っているメガネだったのに、本当に申し訳なかったな。
今度お礼とかしたほうがいいよね。
よく見えないままだと思うけど、あれからちゃんと電車に乗れたかな。
「……あれ?」
そのとき、ふと感じた違和感に足を止めた。