どうぞ、ここで恋に落ちて
「そういえば、樋泉さんさっき……」
離れたところにある電光掲示板を確認して『ちょうど電車が来る』って言わなかった?
あのくらいの距離なら見えるってこと?
もしかして、目が悪いとは言っても、メガネなしで街中を歩けないほどではないとか?
「ど、どうしよ……」
それなら私は、とんでもないほどおせっかいなことをしてしまったのかも。
いやいや、それならさすがに樋泉さんも手をつないで歩くなんて断るはず。
彼にとってはただ恥ずかしいだけだっただろうし、何の得にもならないもの。
それに実際、樋泉さんは私に手を引かれて素直に後ろを付いて来たわけだし、不自然なところなんてなかった。
それとも掲示板を見たっていうのは私の勘違いで、単にいつも電車が来る時間だからってことなのかな。
私が気付かなかっただけで、もっと近くにあった時計を確認したのかもしれない。
……そういうことにしておこう、かな。
私はいまいち納得できずに、うーんと唸りながら帰路につく。
これが叶わない恋だとはわかっているけど、誰かを好きになった夜はいつもより少し特別で、髪をなびかせる風は甘い香りを運んで来るような気がした。