どうぞ、ここで恋に落ちて
彼はぽーっとしている母親にぺこりと会釈をすると、その場にしゃがみ込み、手を繋がれたままずっと黙っていた女の子と視線を合わせた。
「きみが応募してもらおうと思ったの、もしかしてコレかな?」
彼はそう言って、ビジネスバッグの中から携帯を取り出して掲げてみせる。
「それだよ! ユカちゃん、それが欲しかったの!」
するとさっきまで静かだった女の子が頬をパッと朱くして、携帯にぶら下がったキーホルダーを指差した。
雑誌の懸賞の応募者全員にプレゼントされる、人気アニメのキャラクターとコラボした可愛らしいキーホルダーだ。
「そっか。これ、同じ会社の友だちが忘れて置いていった携帯なんだけど……」
彼はメガネの奥の羨ましいくらいに長いまつ毛を伏せ、その頬に憂いを落とす。
斜め前にしゃがんだ彼はラウンドフォルムのサラサラした黒髪で、軽く横に流した前髪と頭のてっぺんのつむじが見えた。
「もし、どうしても欲しいなら、友だちにお願いしてみようか?」
彼が精悍な眉をとっても悲しそうに下げながら言うと、女の子はブンブンと勢い良く首を横に振り、彼に魅入って惚けているお母さんの手を強く引く。
「ユカちゃん、キーホルダーいらないよ! 小学生になったから、我慢するの」
「まあ! なんて優しい子なの!」
マダムは行儀よくできた娘に大満足の様子で、大袈裟に腕を広げてギュッと抱き寄せた。
おいおいお母さん、目がキラッキラしてますよ。