どうぞ、ここで恋に落ちて
「何か好きなリキュールはある? もしよかったら、特別にスペシャルブレンドをつくるよ」
うーんと唸って悩んでいると、マスターがいたずらっぽいウインク付きでそう提案してくれた。
あ、それならすぐに思い付くかも。
私は気さくな感じの彼にホッとして、頭の中に好きなリキュールを思い浮かべて口にする。
「じゃあ私、ピーチ系のカクテルをお願……」
そのとき、店内に流れていたゆったりとした音楽を切り裂いて、後ろの方でガシャーンと派手にグラスが倒れたような音がした。
驚いてピクッと肩が跳ねる。
「あーん、もう! 服が濡れちゃった」
続いて同じ方向から女の人の声が聞こえてきて、マスターがそちらへ目を向ける。
そしてやれやれと肩を落とした。
「まったくあいつは……。すみません、少しお待ちいただけますか?」
「はい、大丈夫です」
マスターの口ぶりからして、彼の知り合いか馴染みのお客さんなのかな。
けっこう派手にこぼしてしまったんだろうか。
私は申し訳なさそうなマスターに頷いて、彼がおしぼりを手にカウンターから出て声の主の女性がいるテーブルへ向かうのを、何気なく目で追った。